武豊 サイレンススズカ故障の夜に生まれて初めて泥酔した

武豊 サイレンススズカ故障の夜に生まれて初めて泥酔した

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131128-00000004-pseven-spo

1: レコバたんヽ(゜∀。)ノφ ★:2013/11/28(木) 15:44:50.23 ID:

逆転、挫折、復活……レースに凝縮される悲喜こもごものドラマは、人の一生にも例えられる。
だから人は馬に熱狂する。競馬界に語り継がれる「至高の名勝負」から、1998年の天皇賞秋のサイレンススズカと騎手の武豊について、中村計氏(ノンフィクションライター)が綴る。中村氏は武に当時を振り返ってもらった。

 三度のやんわりとした「返答拒否」。そこに武豊の、今なお整理がつかない複雑な思いが凝縮されているようだった。
 
 栗東トレセンで追い切りを終えた午前十時過ぎ。武は、表向きはあくまで淡々とあの日のことを振り返った。が、それだけにかえって感情の深さをうかがわせ、無念さが際立った。
 
 1998年11月1日、晴天の東京競馬場で開催された秋の天皇賞。1枠1番、そして1番人気と、日付と同じく3つの「1」が並んだサイレンススズカにレース後、4つ目の「1」が付くのは必然に思われた。ゲートが開き、何かに弾かれたように飛び出したサイレンススズカは、前脚を掻き込むごとに後続をぐんぐん引き離した。
 
 前半1000メートルを57秒4という信じられないような超ハイペースで通過。2番手のサイレントハンターとはおよそ10馬身もの差が開き、その後ろとはさらに5、6馬身の間隔が空いていた。
普通の馬ならば完全なオーバーペースだが、サイレンススズカにとっては思い通りの展開だった。
 
 武が常識外れの逃げを打つようになった裏にはこんな経緯があった。サイレンススズカと初めてコンビを組んだのは、約1年前、1997年12月14日の香港国際Cだった。
 
「最初から全力で走り過ぎちゃうというか、サラブレッドの本質の塊のような馬だった」
 
 この頃は、先に行かせつつも後半に備えてどこかで抑えていた。そのため道中で折り合いを欠くことが多く、香港国際では終盤に捲られ5着に終わった。そこで武は大胆な騎乗を思いつく。
 
「抑えようと思ってもきかない。だったら、前半から好きなように走らせた方がいいと思った。
この馬は走っているときがいちばん楽しそうでしたからね。それでも持つんじゃないかな、と」
つづく
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131128-00000004-pseven-spo

2: レコバたんヽ(゜∀。)ノφ ★:2013/11/28(木) 15:45:43.18 ID:

 
 年が明け、古馬になったサイレンススズカは常識を逸脱した大逃げで連戦連勝。そうして気持ちよく走らせているうちにレース途中で息を入れることを覚える。
 
「馬が気付いてくれたんです。それで最後の最後で、また加速できるようになった。これはすごいことになったなと思いましたね」
 
 いよいよ才能を開花させたサイレンススズカは、1998年の4戦目、金鯱賞では2着以下を11馬身引き離し圧勝する。「あんな体験、普通はできない。(後ろからくる)足音をまったく聞かないままゴールしちゃったんですから!」
 
 武の中では今なお唯一無二の競走馬だからだろう、他にも似たような馬はいたかと問うと「他の馬との比較はいいじゃないですか」と小さく口を尖らせた。
 
 武が「あそこで完成した」と振り返るのは、1998年の6戦目、そこまで無敗で底知れぬ力を誇示していた外国産馬、エルコンドルパサーとグラスワンダーを破り6連勝を飾った毎日王冠だった。
 
「最高のレースが出来て、いよいよ海外も視野に入れ始めた。みんなびっくりするんじゃないかって話していたところだったんです」

 天皇賞が行われたのは、その3週間後のことだった。毎日王冠に勝ち、いよいよスターホースとしての道を歩き始めたサイレンススズカにとって、天皇賞は物語のいわば序章となるべきレースでもあった。 第3コーナーを回るまで、すべては予定通りだった。
 
「息が入り始めて、いいぞ、いいぞ、と。本当にいい感じだった」
 
 ところが──。第4コーナーに入る直前だった。サイレンススズカは、にわかに失速。2番手のサイレントハンターにあっという間に差を縮められると、あっけなくかわされる。武の誘導によってコーナーの外に出されたサイレンススズカは、左前足を宙に浮かせ、三本脚で立ち止まっていた。足を地面に着けないということは、故障が重度であることを物語っていた。武はその様子を見て、「物語」が始まる前に終わったことを悟った。
 
「レース中、何が起こったかはすぐにわかった。ジョッキーにとっては、いちばん嫌な瞬間ですね」
 
つづく

3: レコバたんヽ(゜∀。)ノφ ★:2013/11/28(木) 15:46:14.30 ID:

 その瞬間、ジョッキーの体にどんな感触が伝わるものなのか。それを問うと、しばらく唸ったあと、こちらを拒絶するような、嫌悪するような苦笑いを浮かべた。
 
「あんまり細かくは言わなくてもいいんじゃないかな。普通の人は知らなくてもいいことでしょう」

 武にとっては、もっとも酷な質問だったことに気付かされた。サイレンススズカは、左前脚の膝に見える部分、手根骨を粉砕骨折していた。直後、再起不能の診断が下され、安楽死の処置がとられた。そんな大けがだったにもかかわらず、故障発生時、サイレンススズカは何度となくバランスを崩しながらも最後まで立ち続け、武を背中に背負い続けた。
 
「なかなかいない。あのトップスピードで、あれだけの骨折をして転倒しない馬は。僕を守ってくれたのかなと思いましたね。今でもすごくよく、サイレンススズカのことを思い出すんですよ。せめてあと数百メートル、走らせてやりたかったな。うん、すごい残念。今でも悔しいですもん」
 
 あの日の晩、武は何人かの知り合いとワインを痛飲した。
 
「泥酔したの、あんときが生まれて初めてだったんじゃないかな。夢であって欲しいな、って」
 
 なおもその晩のことを尋ねると、「その話はもういいですよ」と急に笑顔を引っ込めた。聞かれたことにはプロとして最低限答えるが、これ以上は立ち入らないで欲しいという意思表示に思えた。
 
 もう少し先の話を聞きたいと思ったところで、三度、扉が閉められた。武は今も愛馬の死を背負っていた。
おわり

10: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 15:50:19.85 ID:

一々答えてくれる武△
13: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 15:52:28.34 ID:

エルコンドルパサーって凱旋門賞2着よりも
3歳でジャパンカップ制覇よりも
あの時にサイレンスススズカに負けたレースの方がよく話題になるよね
14: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 15:53:07.16 ID:

逃げ馬の圧倒的スターホースってサイレンススズカが最期じゃね?
以後、逃げ馬で圧倒的な強さを見せる馬っているかね?
16: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 15:53:24.80 ID:

豊さんはスズカで、アーリントンミリオンをはじめとしたアメリカの芝の中距離レースを勝ちまくるつもりだったらしいね
17: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 15:53:31.31 ID:

(´;ω;`)
74: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 16:30:59.00 ID:

逃げ馬はこういうリスクがあるんだよな
後ろから差す馬の方が長持ちする
108: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 16:48:21.58 ID:

まあもうこんな馬出てこないわな
どんな産駒出すか見てみたかったわ
113: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 16:51:11.75 ID:

サイレンススズカを2番手で追うサイレントハンターって馬が
出来過ぎなくらい名は体を表してて面白い
121: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 16:56:36.11 ID:

見てる皆が思ったもの、いくら何でも飛ばし過ぎ
159: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 17:11:59.49 ID:

>>121

調教ではもっと行けたらしい

127: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 16:58:40.28 ID:

この馬にはすげぇ感動したわ

あまりにも凄いから天皇賞秋 家族に見せてやったら
飛ばしすぎww っていうんだよww 馬鹿め!!
これからが凄いんだよっ ニヤニヤしてたら

失速して止まったw  家族は、ほらなとドヤ顔
そして予後不良でこの世からいなくなった  

競馬でここまでショックな出来事はないわ

137: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 17:02:31.65 ID:

143: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 17:04:06.73 ID:

サイレンススズカを振り返って 武豊インタビュー

普通に話してるじゃねえか

145: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 17:05:21.01 ID:

MCの斎藤陽子が泣いてたのを思い出す。
あの人のおっぱいはすごかった。
160: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 17:12:19.35 ID:

ザタイキについては何か語ってないの?

249: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 18:34:05.32 ID:

その時の本馬場入場

塩原のポエムがカッコよすぎて泣けてくる
386: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 20:34:46.13 ID:

そんな武豊に無神経にススズのことを聞いて競馬界から追放された某サッカーライターがいるらしい
390: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 20:36:22.06 ID:

スズカのベストレースとされる毎日王冠だけど、実は毎日王冠レコードじゃないんだよね
ネーハイシーザーの方が遥かに速い時計で圧勝してたんだわ
つまりスズカが完璧なレースをしてもそれを差せる馬はいるってこと、ネーハイ程度で

ネーハイシーザーは強い馬だったけど最強馬論争に加わることはないよね?
つまりスズカって実は凄い過大評価されてて、あの連勝だって相手に恵まれてたんだよね
当然長期休養明けじゃなかったらエルコンドルパサーが勝っていたんだよ、あの毎日王冠も

591: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 22:43:53.03 ID:

今でこそ神格化されてるが
現役当時は正直あんまり人気はなかったよな
連勝するまでの気性難バカ逃げ馬の印象が強いし
キンコ賞他はメンツしょぼいし
宝塚はかなりいっぱいいっぱいだし

種馬になっても気性ひどい馬ばっかだろうなとは思う

621: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 23:00:02.90 ID:

足をけがした馬を何故安楽死させるのか
説明してある文章をどっかで読んだけど
それでも義足つけるとか
何とか生き延びさせる方法はないものか
634: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 23:09:15.44 ID:

>>621

義足とかにしても馬が意識的に本当の脚の方だけに体重をかけるから
結局駄目らしいよ。

655: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 23:26:35.74 ID:

なんかのムックで武豊がもっとも勝ちやすい馬として挙げてた。
664: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 23:34:04.80 ID:

>>655

https://bspear.com/wp-content/uploads/d9156e92.jpg
http://number.bunshun.jp/articles/-/527

たぶんコレかな?
ホースメンが選ぶ20世紀の最強馬ってヤツ
武騎手は立場上申し上げ難いがって前置きがあった上で
一番勝ちやすそうなのは・・・って話

671: 名無しさん@恐縮です:2013/11/28(木) 23:39:52.30 ID:

>>664

これだ。
今の状態で聞いてもらいたいわ。

719: 名無しさん@恐縮です:2013/11/29(金) 00:46:45.00 ID:

この世代の時が1番競馬に夢中だったなあ
ダービーはブライトの単にバイト代全部入れたわ
スズカはこの天皇賞より金鯱賞の方がインパクトあった
あの天皇賞スズカのアクシデントがなかったらブライト2着は取れたはずだ
それにしてもどの騎手もよくぶつからずに交わしたよ

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